午前1時のHalfMoon

バイク・安いウヰスキー・燻製と、オタクっぽい男死の日常

美作血税一揆を再探訪・・・鏡野編④

前回の鏡野編の続きとなります。



和田の穢多村焼き討ちが、効果を促し

和田村戸長は、これ以上被害が出ては困る為

酒や握り飯を振舞い、周辺のあまり賛同しえない農民も

焼き討ちにあっては困るので、渋々参加したりで

1,000人を超える農民が集まりました。


イメージ 1

※もう1度、経路図見ながら読んでみて下さい!!


ココからが分岐点・・・約1,000人の農民を3つの部隊に分け

①本隊は、そのまま東(津山県庁)へ進軍(卯太郎はコッチ)

②1隊は南周りで途中の農村から、農民を動員しつつ県庁を南より攻める

③そして残りの1隊だが、6~70人の屈強な男達で加茂谷(現 加茂町)
 へ向かい、加茂谷農民と合流して県庁東側から攻める込む

※加茂谷の農民代表者は、この一揆前に「解放令」の件で
 何度も県庁に抗議を行っている。無論相手にはされてない



本隊は③の部隊が時間掛かる為、ゆっくりと東へ進軍・・・

とは言っても、各村の戸長・副戸長&穢多には容赦なく襲撃

吉原・神戸(現 院庄)の穢多村は焼き討ち、田邑村は酒蔵を襲い

酒樽を破壊、そばに流れる川の魚が白目向いたとか・・・

もう~やりたい放題で御座いマス(>_<)


イメージ 2


本隊は院庄の南、吉井川沿いの中須賀の河原へ陣取り

更に西側へも進行し、農民を動員したようで

コノ河原に集まった数、およそ1万・・・(*_*)



深夜燃える数々の穢多村の光景は、どんな言葉よりも

恐怖心&強制力が、あったのでしょうね。


イメージ 3

      ↑中須賀の河原


本隊は東(加茂谷)へ行った③の部隊動きが把握出来ず

ココで野営して、③の部隊を待つ事になったのであります。


さて一旦「鏡野編」はココで終わり、次回から「加茂編」入ります。




連日こんなグダグダな記事、御閲覧頂きありがとうございますm(__)m

もっと詳しく書けば良いのですが、これ以上踏み込めば

もっと複雑になりますので、ソフトなタッチで書いてマス(^^;

更にもっと知りたい方は、下記の書物を読んで頂ければ幸いです。


それでは皆様、ごきげんようデス






☆今回のミッション&資料

〇部落(むら)を襲った一揆・・・上杉聡

〇渋染一揆・美作血税一揆の周辺
 ある墓碑銘への注・・・岩間一雄

中須賀の河原